ハンガリーの科学者マイケル・ポランニーは『暗黙知の次元』(高橋勇夫訳、ちくま学芸文庫、2003年)のなかで、第一条件を「近位」、第二条件を「遠位」とし、わたしたちが知っている——しかし説明できない——のは「近位」の条件だと述べています。
たとえば初対面の人と会ったときの「なんとなく信頼できそう」という感覚。これは声のトーン、表情、身振り手振りなど、たくさんの情報を手がかりに脳が判断している可能性があります。だから「なぜ信頼できるのか」と改めて問われても、明確な理由は述べられません。
本を書く過程で起きること
ところが本を書く過程では、全体としてわかっていることを、わかりやすく伝えようとすることになります。
「なぜあの人は信頼感を与えるのか?」→「声のトーンが落ち着いているから、表情も穏やかだ」→「初対面で相手に信頼してもらうために気をつけるべきは、声のトーンと表情」
このように紐解かれていく。すると何が起きるか。暗黙知が整理されることで、新たな知が生まれます。
すでに自分が知っている情報のはずなのに、改めて体系化してみると「声のトーンを落ち着かせるにはどうしたらいいのだろう」「表情が穏やかとはどういうことだろう」と問いが深まり、「ボイストレーニングが必要だ」という新しいアイデアに結びつく可能性がある。これが暗黙知のポテンシャルであり、たんに形式知化する以上の意味です。
会社にとっての意味
企業を成長させる最大の源泉は「知恵」です。経営者の意思、動機、熱量、ノウハウ、経験。これらは宝の山ですが、しっかり言語化・体系化できている経営者は多くありません。
社内に眠る暗黙知という資産を形式知にすることで、新たな市場、顧客、人材との出会いが待っています。社内の一体感が醸成されて、まったく新しい組織に生まれ変わることもあります。
経営者の知的資本をビジネスに構造化する。この視点に立てば、商業出版がいい、自費出版がいい、紙の書籍がいい、電子出版で十分といった枠組みとは別のところに、本の活用法が見えてきます。